青い鯉のぼりプロジェクト支援(青い鯉のぼりの下に腰を下ろす会)

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去る5月5日(日) <GFSC東日本大震災支援活動>「青い鯉のぼりプロジェクト支援」活動として宮城県東松島市大曲に皆様を代表してボランティア学生や東京から参加の会員の方も含む編成で参加し、鯉のぼりの揚げ降ろし作業・炊き出し・集まった皆さんとの交流等を地元の方や文化芸術者団体と協力して支援活動を成功裏に終える事ができました。

 東松島市は2011年7月23日(土)、震災後初の祭りで住民5000余名が参加した「がんばっぺ東松島みんなで夏まつり」に協力団体として、チヂミや生活物資の提供、韓国歌謡歌手ジウォンさんを招待する等支援をし、市より感謝状をいただいた経緯もある縁のある地でありました。

 GFSC東日本大震災支援活動としてどのような貢献ができるかを模索し、初めてここを訪れたのは震災3ケ月後の2011.6.14でした。
まるで今さっきまで生活していたかのように食器や文具・三輪車など日常品がたくさん散乱する中、建物の上に遊覧船が座礁している光景を目の当たりにし言葉が出ない状況でした。現在は今年3月末までに廃屋の無料撤去申請の受付があり、見渡す更地の中、申請者もいない廃屋が数軒、悲しげに残っている状況です。
そんな中、500匹あまりの青い鯉のぼりが皐月の空の下、優雅に泳ぐ姿が目に映ります。
「青い鯉のぼりプロジェクト」の発起人である伊藤健人君家族が住んでいた町でした。
津波で享年5歳の弟・律君を含む4人の家族を亡くした健人君が、自宅跡から泥まみれの鯉のぼりを見つけ、毎年青い鯉のぼりを自分だと言い、揚げるのを楽しみにしていた弟を思い、自宅の庭跡に掲げたのが始まりでした。
今年も震災で亡くなった子供たちが天国で寂しくないように追悼の思いと震災復興のシンボルとして青い鯉のぼりが揚げられます。

私達GFSCは、被災により分離を余儀なくされた住民の皆さんの再会・ふれ合い・コミュニティーの再生を<祭り>のと場として楽しんでいただけるよう、韓国食文化交流も含めチヂミとトッポギの炊き出しを行いました。

<インタビュー>
以前こちらにお住まいでしたか?
◆はい・・・そうなんです。(視線はあたりを見回しながら)今日は元気がもらえます。
ありがとう・・<60代女性>

◆以前住んでましたよ!ありがとうね!気持ちは1万円入れたいけど・・
と千円札を募金箱に入れて下さるおじいちゃん。

「チヂミ?・トッポギ?て言うの?初めて食べるけど美味しいね」と優しい笑顔を向けてくれる皆さん。
地元被災地の文化芸術者チームの太鼓演奏に拍手が沸き起こり、笑顔で隣合う人と会話を交わす。
鯉のぼりの下では幼な子が鯉の尾っぽにじゃれ遊ぶ。
天国のみんなも微笑んで見守ってくれているだろうか・・
人と人の絆の尊さを肌で感じる一日でした。

今後もNPO法人日韓文化交流会とGFSCは被災地の支援を中長期的に続けて参ります。多くの方のご支援をお願いいたします。

関連映像


<青い鯉のぼりの下に腰を下ろす会の活動の様子>


参加者感想文

番外編<嬉しい再会>


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